句集 茫々

茫々

四六判上製カバー装
発行日:2019/4/1
本文190頁
装丁:高林昭太
定価:2800円+税
ISBN978-4-88032-451-7

中嶋 鬼著

中嶋鬼谷(なかじま・きこく /本名:幸三)プロフィール

1939年4月、埼玉県秩父郡小鹿野町に生まる。
加藤楸邨に俳句を学ぶ。日本文藝家協会、日本ペンクラブ会員。
句集に、『雁坂』(1995年・蝸牛社)、『無著』(2002年・邑書林)。
評論・評伝に、『加藤楸邨』(編著/1999年・蝸牛社)、『井上伝蔵 秩父事件と俳句』(著者名は幸三/2000年・邑書林)、『井上伝蔵とその時代』(著者名は幸三/2004年・埼玉新聞社)、『乾坤有情』(2010年・深夜叢書社)、『峽に忍ぶ 秩父の女流俳人馬場移公子』(2013年・藤原書店)。
『乾坤有情』は。俳句の今日と明日を“思想”する「中嶋情況論」集。

オビ(表)

鬼谷は現代の市隠だ。
寒山・拾得とともに囲む焚火の匂いがする。
炎のむこうに、現代の危機を乗り越え、
未来のいのちを呼ぶ芽吹山の風が聴こえる。
                    ――恩田侑布子

オビ(裏)

『茫々』十二句――恩田侑布子抄出
若草や吉野へ傾ぐ道しるべ
朧夜のねぢり捨てたる稿軋る
黒松の梢に雨降る洗膾かな
白日の林枯れゆくにほひかな
ここよりは跣詣や木の芽風
刃を研いでゐる牡丹雪降つてゐる
板壁に牛飼の遺書やませ吹く
拾得は掃き寒山は焚火守
西行忌花と死の文字相似たり
風船の紐の直線乳母車
龍太忌の野の起き伏しを春の道
田仕舞のけむり谷間を動かざる

あとがき

 二〇〇二年に第二句集を出してから十七年ほど経ち、この句集が上木となる二〇一九年春には私も八十歳となる。傘寿記念に句集を出したらどうかという家族の勧めもあり、第三句集を出すことにした。
 十七年という歳月の間に、わが国土は様々な災禍にみまわれたが、中で、忘れてはならないのは原発禍である。
 東日本大震災と原発禍をめぐっては数多の詩歌が生まれてきたが、私にとって最も忘れ難い文章は、自死した相馬市の一人の酪農家が堆肥舎の板壁にチョークで書き残した遺書である。
  姉ちゃんには大変 おせわになりました
  長い間 おせわになりました
  私の□□をこしました (□□は本人が消した言葉、「限界」と読める。)
   2011・6・10 p.m.1:30
  大工さんには保険ですべて支払ってください
  原発さえなければと思います
  残った酪農家は原発にまけないでがんばって下さい
  先立つ不孝を ごめんなさい
  仕事をする気力をなくしました (この一行を枠で囲んである)
  ○○さん(酪農家仲間)には ことばでいえないくらいお世話になりました
  ―――(この行に妻とこどもの二人の名前がある)
  ごめんなさい なにもできない 父親でした
  仏様の両親にも もうしわけ ございません

 この遺書は「原発さえなければ」と題して、後世に読み継がれるべき一編の詩である。
 西に峠三吉の詩があれば、東にこの遺書がある。共に「にんげんをかえせ」の叫びである。
 俳人は、虚子の提唱した花鳥諷詠によって、自然を美しく詠ってきたが、そこに欠落していたものがあるとすれば、それは自然への畏怖であろう。
 人知を超えた自然の不可思議さへの畏れを抱くという、太古からの人々の生き方に深く学んでいたなら、人類は、決して地上に、核分裂による擬似「太陽」を造り出そうなどとは考えなかったろう。
 原発事故という国家犯罪は、自然を破壊し、人々から故郷を奪い、家族の団欒を奪い、詩の言葉を翳らせた。
 今日の社会にはびこっている金権政治家や経済人、エセ知識人らの文明論は偽ものである。
 では、真の文明論とは何か。
 「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。」
             (田中正造 明治四十五年(一九一二)六月十七日の日記)

書評から

「詩歌の森へ」(毎日新聞コラム2019年4月23日号から一部抜粋)
                       ――酒井佐忠(文芸ジャーナリスト)
中嶋は今年80歳の大べテラン。加藤楸邨に学び、近現代文明のカオスに弄ばれる人間の実存を描く重厚な作品で知られる俳人だ。秩父事件をはじめ、原発事故など社会的出来事をも視野に入れ、「真の文明とは何か」と問うている。

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