柿本多映俳句集成

柿本多映俳句集成

四六判上製カバー装
発行日:2019/3/21
本文507頁
装丁:高林昭太
定価:5000円+税
ISBN978-4-88032-450-0

柿本 多映著

柿本 多映(かきもと・たえ)プロフィール

1928年、滋賀県大津市生まれ。40代後半から句作を開始し、赤尾兜子、橋閒石、桂信子に師事。『草苑』『白燕』『犀』同人を経て現在は無所属。2013年刊行の句集『仮生』で桂信子賞、詩歌文学館賞などを受賞(「深夜叢書ニュース」の【著者近況】「俳人・柿本多映氏、俳句の3賞を連続受賞」参照)。
2017年、これまでの句業に対し第17回現代俳句大賞受賞。

本書の構成

90歳を超えてなお、独自の先鋭的な表現に取り組む俳人・柿本多映。本書は既刊7句集の初版刊行時の元の本文編成をそのまま踏襲し、この一書に集成。つまり各句集とも目次、序文、句作品、跋、著者あとがきや寄稿文など、刊行時のページ構成を再現して掲載。
7句集は、『夢谷』『蝶日』『柿本多映句集』『花石』『白體』『肅祭』『仮生』。
加えて上記句集に「拾遺」(1977~2011年)として未収録作品1500句余も載録。さらに詳細年譜、解題、初句索引を付す。
編集=佐藤文香 関悦史
編集協力=村上鞆彦 神野紗希 堀下 翔 瀬名杏香

【別冊付録の栞(20ページ)】本書刊行記念座談会「生命を不意に貫く言葉」
村上鞆彦、神野紗希、関 悦史、佐藤文香(司会)

オビ(表)

天体や桜の瘤に咲くさくら
立春の夢に刃物の林立す
水平に水平に満月の鯨
人の世へ君は尾鰭をひるがへし
末黒野をゆくは忌野清志郎
おくりびとは美男がよろし鳥雲に
誰の忌か岬は冬晴であつた

オビ(裏)編集者からのメッセージ

言葉が私から離れて
自由で開放的、輝いている
     ――村上鞆彦
書くことの伝統を
思い出させてくれる存在として、
いま、触れるべき作家
     ――神野紗希
これほどのことが
俳句にはできるのだ
     ――関 悦史

著者あとがき

 今『集成』の最終稿を前にしていると、いろいろな思いが湧いてくる。ことに年譜に目を通すたび、その時々の自他の有り様が、風景や事象を通して浮かんできて、只今の私の五感を刺激し精神をよみがえらせてくれる。と同時に、現実の身はこくこくと衰えてゆくことを如実に体感させられている。   ふと永田耕衣の「衰退のエネルギー」という言葉が頭をよぎる。衰退の途上で発せられる一瞬のエネルギーが、只今の私をどうにか充たしてくれることにも気づかされたのであった。
 九十歳の今、師の齢を超えている自分に驚かされ、忸怩たる思いでいっぱいだ。ひたすら書くことしか出来なかった私。そのような私を、作家の目をもってあたたかく育てて下さった赤尾兜子、橋閒石、桂信子の三師に、心から感謝申し上げます。
 このたびはいろいろな人にお世話になった。関悦史さんは年譜・解題の作成を、佐藤文香さんは句の入力やその他マネージメントをお引き受け下さり、堀下翔さんは、文学館や図書館から必要な資料を集めて入力して下さった。この方々の協力がなければ『集成』は実現しなかった。
  (後略)

書評から(いずれも抜粋)

『柿本多映俳句集成』(毎日新聞コラム「詩歌の森へ」 2019年4月1日)
                    ――酒井佐忠(文芸ジャーナリスト)
 俳人の柿本多映は、独自の感性で幻想的な世界を描き出す不思議な魅力をもった作家だ。
 (中略)
 師の一人の桂信子は、柿本の第1句集『夢谷(ゆめたに)』序文で書いている。「ものの本質を見分ける鋭どい眼、美を愛するこころ、それらは柿本さんの生れながらにして具わったものである」。俳句には早くはない出発だったが、滋賀は大津の名刹に育ち、毎日新聞記者の妻として各地を巡った環境も味方した。〈立春の夢に刃物の林立す〉〈鳥曇り少女一人の鉄砲店〉〈真夏日の鳥は骨まで見せて飛ぶ〉。初期作品は硬質で鋭い言語感覚が際立った。
 そして多くの賞を得た第6句集『仮生』(2013年)。夫の死もあって「定型自在。すべての命は死を、時空をも包含する」という究極の境地に至った名品群だ。〈人の世へ君は尾鰭をひるがへし〉〈葛の花生者はこゑを嗄らしつつ〉〈補陀落や春はゆらりと馬でゆく〉など。若手陣の座談会による栞も、俳句の可能性を示して注目される。
 *
「実存の美学」(「俳句」 2019年7月号)――谷口慎也
 (前半略)
  真夏日の鳥は骨まで見せて飛ぶ
  国原の鬼と並びてかき氷
  蟻の死を蟻が喜びゐる真昼

 柿本は一句目を、自ら「開眼の作」とも言う。自己存在への根源的な問いかけが生んだ作品である。二句目はその実存性が極めて自然に「国原の鬼」と並び立っている。三句目はその実存的行為なるものがときに見せる残虐性だ。知命にして俳句の世界へ飛び込んだ柿本俳句の扉は、いきなりこのようにして開かれていく。
  暁の鐘兄妹いまも蛇泳ぎ
  身重しと水に入りけり御所の蛇
  人体に蝶のあつまる涅槃かな
  共寝して覗く牡丹のまくらがり

 これまたフロイトふうにエロスという言葉を「生の本能」と規定すれば、柿本の実存的な問いはこのエロスを強く意識させるものであり、そこにはひとりの個体が醸し出す一種独特のエロティシズムが定着する。このエロティシズムが彼女独特の美意識を形成すると言ってもいいが、それは人間のみならず、多くは身近な生命体との根源的な交感の中で形成されていく。
まれに人は柿本作品にこの世とあの世との交感を夢見るが、おそらくそういう仏教的な観念性からは程遠いところにあるのが柿本俳句であろう。第七句集『仮生』の代表作でもある次の一句がそれを端的に証明していろ。
  魂魄はスカイツリーにゐるらしい
 己の実存を問う行為とは、個の生命体の絶えざる自己超克をその本質とするものである。すなわちそこには俳句的な定住の地などというものはない。柿木作品における緊迫性を伴った美学は、まさにそういうところから生じてくるものである。
 近年、彼女は俳諧的な世界を楽しんでいるようにも思えるが、ここにもまた柿本独特の俳句世界が展開されつつあることは確かである。
 *
『柿本多映俳句集成』(「俳句αあるふぁ」2019年夏号) ――大井恒行(「豈」同人)
 (前半略)
 この度の『柿本多映俳句集成』上梓により、句集、拾遺句を含め、彼女の作品世界のほぼ全容を窺い知ることができる。加えて、この度の出版の特筆すべきことは、若い俳人たちによって、成された一木だということである。編集方の佐藤文香・関悦史、村上鞆彦・神野紗希・堀下翔・瀬名杏香の努力に敬意を評したい。彼らの尽力がなければ、本書は異なったものになっていただろう。ただ、本書がすべてを網羅しているわけではない。たまたま手元にある「船団」第十二号(一九九一年)の柿本多映「晩夏」二十句中には拾遺に収められていない句もある。
 本書を再読して改めて思ったのは、著者の戦時体験をはずすことが出来ないことだ。それは、彼女によって偏愛される蝶や椿のモチーフに匹敵する多数の八月の句が詠まれていることからも想像される。これらの句について論評されたものは、まだ目にしてない。金子兜太とともに「俳人九条の会」の呼びかけ人の一人である柿本多映の現実の生き樣をさらにイメージとして加えることができるだろう。

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