句集 をどり字

句集 をどり字

四六判上製カバー装
本文214頁
装丁:高林昭太
発行日:2018年4月26日
定価:2500円+税
ISBN978-4-88032-444-9

井口 時男著

井口時男(いぐち・ときお)プロフィール

1953年、新潟県生れ(現南魚沼市)。1977年、東北大学文学部卒。神奈川県の高校教員を経て1990年から東京工業大学の教員。2011年3月、東京工業大学大学院教授を退職。
1983年「物語の身体――中上健次論」で「群像」新人文学賞評論部門受賞。以後、文芸批評家として活動。
文芸批評の著書に、『物語論/破局論』(1987年・論創社、第1回三島由紀夫賞候補)、『悪文の初志』(1993年・講談社、第22回平林たい子文学賞受賞)、『柳田国男と近代文学』(1996年・講談社、第8回伊藤整文学賞受賞)、『批評の誕生/批評の死』(2001年・講談社)、『危機と闘争――大江健三郎と中上健次』(2004年・作品社)、『暴力的な現在』(2006年・作品社)、『少年殺人者考』(2011年・講談社)、『永山則夫の罪と罰』(2017年・コールサック社)など。
句集に『天來の獨樂』(2015年、深夜叢書社)があり、本書は第二句集。

オビ(表)

俳は詩であり
批評である


近現代俳句史上、
系譜なき単独者の出現。
現在〉を直視する俳人の痛苦と愉楽、抒情と諧謔。
速やかに味読されんことを冀う――齋藤愼爾

オビ(裏)

俳句をめぐる
炯眼の随想六篇も収録
第一句集『天來の獨樂』に続く
瞠目の第二句集

この句集ではその踊り字を多用し、タイトルも『をどり字』とした。私の目には、「おどり」はちっとも踊っていないが、「をどり」はたしかに踊っているのだ。その愉しさが句集命名の理由だが、いささか大げさに付け加えれば、消えゆく可憐なものたちへの愛惜であり、反時代的文字美学の実践でもある。
                    (「我が俳句――あとがきを兼ねて」より)

目次

〔俳句〕
  句帖から
  旅の句帖から
〔随想〕
  鼓膜の秋となりにけり
  久保田万太郎の「なつかしさ」
  幽明ゆらぐ――齋藤愼爾句集『陸沈』
  兜太三句
  災害と俳句
  長子家去る由もなし

我が俳句――あとがきを兼ねて(抜粋)

『天來の獨樂』以後、二〇一五年五月から二〇一八年三月までの句を収録した。
「天來の獨樂」としての、つまりは思いがけず入手した「愉しき玩具」としての俳句との「真面目な戯れ」は、すっかり私の日々に定着したようなのだ。この小さな玩具は、愛撫するに手ごろで、虐使にもよく耐えてくれる。
 ほぼ無作為に制作順―——より正確にいえば着想順―——に並べた。着想から作品化までの距離の遠近は句ごとに異なるものの、あいかわらず散歩時の嘱目偶感に発する作品が大半である。
 こうやって並べてみると、喜怒哀楽が脈絡もなく交雑し、感覚と観念、具象と抽象が隣接し合って、まるで目まぐるしく交替する軽い躁鬱症、もしくは統合失調症みたいだ。
 俳句という短詩は瞬刻を切り出すのに適して、時間の持続を包摂しにくい。しかも「機会詩=即興詩」としての俳句は、どんな意識の諸状態も排除することなく即座に切り出そうとする。持続を切断して任意の瞬刻を切り出して並べれば、誰の意識からも脈絡は消えるだろう。その意味で、そもそも俳句は統合失調的なジャンルであり、句集は統合失調的な書物なのかもしれない。ともあれ、このモザイク状の散乱の中に、ここ数年の私の詩的(句的)精神のほぼ全振幅がある。むろん背後には、瞬刻を取捨する私の「詩的(句的)統覚」が働いている。しかし当面は、統覚による統制をなるべくゆるやかにして、この「愉しき玩具」が可能にした統合失調的自由を享受していたい。
「旅の句帖から」を別立てにしたのは、旅の句では総じて作品性よりも記録性や土地(および同行者)への挨拶性の方を大事にしているからである。あわただしい観光の旅とはいえ、三十年以上もほとんど動かなかった私が近年あちこち遠方へ出かけるようになったのは、良き同行者に恵まれたおかげだ。とりわけ、伊藤君と山崎さんに感謝。
 嘱目偶感の俳句もまた、あらゆる表現と同じく、現実の体験から作られるとともに、記憶に累積された過去の作品から作られる。作者が意識するとしないとにかかわらず、俳句も「引用の織物」(宮川淳)である。五七五の上で諸テクストが交差するのだ。「写生」説を唱える一方で膨大な俳句分類に取り組んだ正岡子規は、そのことをちゃんと承知していたはずだ。
 季語の背後にもほとんど無数の作品が潜在しているだろうが、季語は共有の財産である。季語とは別に、嘱目偶感が他者の表現を呼び寄せ、時には意識の前面に迫り出してくることもある。作意に深く食い入った近代の作品については、作者への表敬の意をこめて、句の下に(○○による)と注記し、読者に疎遠かと思われるいくつかは前書に引用した。
 なお、一句だけ補足しておくと、〈秋の夜の濡れ吸殻や思惟萎えて〉の「思惟萎えて」の原拠は金子兜太の〈雨天へ曝す屋上ばかり思惟萎えて〉である。この「思惟萎えて」は一読以来三十年以上も私の意識の片隅に貼り付いていたのだった。
 その金子兜太氏が先月亡くなられた。九十八歳。二〇一五年秋、『天來の獨樂』をお贈りした時、「天來の獨樂とは夢のごとき詩境よ」と黒のサインペンで強く記された直筆の葉書をいただいた。その下には「金子兜太」と大柄の立派な署名があった。

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