句集 飛鳥(あすか)

句集 飛鳥

四六判上製カバー装
本文182頁
装丁:高林昭太
発行日:2018年4月8日
定価:2800円+税
ISBN978-4-88032-445-6

野木桃花著

野木桃花(のぎ・とうか)プロフィール

本名・弘子。1946年、神奈川県生まれ。1966年、「あすか」主宰の名取思郷に師事。
1994年「あすか」主宰継承。
日本文藝家協会会員、現代俳句協会会員、横浜俳話会参与、横浜ペンクラブ会員、全国俳誌協会役員。
著書に、三人句集『新樹光』(1965年)、『夏蝶』(1986年)、『君は海を見たか』(1997年)、『時を歩く』(2003年)、『野木桃花の世界』(2009年)、『けふの日を』(2013年)。

オビ(表)

ちちよははよ
冬の花火が
見えますか

澄み切った美が漲る
待望の新句集

オビ(裏)                     (齋藤愼爾抄出句)

方向の覚束無くて返り花
やはらかく影を重ねて雛かな
冬の蝶小さき花も日を得たり
陶工の火の色をよむ花の冷
花うつぎ宮澤賢治の弾き語り
落人の里の古りゆき糸瓜棚
火に仕へ水に仕へて昭和の日

句集『飛鳥』に寄せて(栞文から抜粋)

「吉野幻視行―芭蕉・野木桃花・前登志夫」 齋藤愼爾
 深夜叢書社から『野木桃花の世界』(二〇〇九年四月十三日)を刊行したとき、故・村上護さんから帯文を戴いた。「風土を透視することば」と題する掌文を数行掬ってみる。

   日本における歴史文化は重層性を特色とする。そういった認識を深く蔵して、自身
  の目で見、耳で聴き、肌身で感じて、着実な歩みを見せるのが俳人・野木桃花の世界
  といえよう。先には吉野・嵯峨野・奥の細道などを歩き、(中略)その照準はなまみ
  の耳目に触れるものだけでなく、風土を透視することばの威力を発揮して止まない。

 存在論的に人間の内部を透視する批評家であった村上さんだけに、さすがに野木桃花氏の本質をあやまたず射ぬいているとおもわれる。文中に「先には吉野・嵯峨野・奥の細道などを歩き」という件で私が思いあたるのは、野木桃花句集『時を歩く』(二〇〇三年八月)の巻末「あとがきにかえて」収録された「吉野」の紀行文(「俳句四季」、発表年は不明)である。
「若いころから吉野にあこがれていた。一度は訪れてみたいとずっと思いつづけていた。吉野山は歴史を裏から支えた場所。美しい桜の山で、熊野はもとより、紀州、伊勢、京都、奈良への交通の要所でもあった」と書き出される一文。吉野も熊野も紀州も伊勢も行ったことのない私などは教えられることばかりである。西行が吉野山に庵を構えたこと、その西行を慕い芭蕉が吉野を初めて訪ねたのは、『野ざらし紀行』の旅の途次であったこと等々、初めて知ることであった。
「いま私は憧れの吉野の山に分け入っている」――こんな一節にも野木氏の詩心が昂ぶっていることが見て取れる。「桜の精の悪戯か、私の心はどんどん自由になり言葉が溢れる」と独白しつつ記される句が、いずれも素晴らしい。芭蕉の吉野吟と並べても引けを取らないと、ちょっと言ってみたくなる。論より証拠を示そう。

  露とく*心みに浮世すゝがばや     芭蕉(*=踊り字「とく」)
  はなびらを追ふ花びらの扉が開いて   桃花
  春雨のこしたにつたふ清水哉      芭蕉
  胎内にはなびらやどす夕べかな     桃花
  ほととぎす大竹藪をもる月夜      芭蕉
  深く深く大地のありぬ夜のさくら    桃花
  桜さくら虚空にしだれざくらかな    桃花
  花あらし道なきみちのありにけり    桃花
  入口も出口もなくて花の山       桃花

 他にも「花びらの犇めきあへる疲れかな」「花影の一枚めくり奥千本」など佳作が続く。私のベスト3は「はなびらを追ふ花びらの扉が開いて」「桜さくら虚空にしだれざくらかな」「深く深く大地のありぬ夜のさくら」だ。
「桜の木の下には屍体が埋まっている」の梶井基次郎の幻想が生んだ詩の言葉や、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を初読したときの衝撃に似た感銘を覚えた。そして吉野といえば、前登志夫の存在も忘れるわけにはいかないだろう。父祖以来の吉野に定着し、異界としての吉野からこの世の存在を照射して宇宙と交感した現代歌人の雄である。残念なことに氏は二〇〇八年に幽明界を異にしている。

  暗道のわれの歩みにまつはれる螢ありわれはいかなる河か
  さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝の斧は
  銀河系そらのまほらを堕ちつづく夏の雫とわれはなりても
  ふるくにのゆふべを匂ふ山桜わが殺めたるもののしづけさ
  岩押して出でたるわれか満開の桜のしたにしばらく眩む

 芭蕉、桃花、登志夫の三作品に共通しているのは、「桜の森の満開の下」の「冷たい虚空がはりつめているばかり」の場所に、人間の「孤独」を凝視していることだろう。三人が垣間見せる人間存在の切なさ、かなしさ、澄み切った美、虚無の極限。なかでも野木桃花氏のように満開の桜の、眼も眩むような異界に分け入ることを、「花びらの扉が開いて」と具象化してみせた文学者がかつていただろうか。
(以下、略)

「漣の美学」武良竜彦

  従心の一日過ぎ行く蝸牛
  七十路へ素顔の一歩涼新た

 この二句は野木桃花氏ご自身の齢をしみじみと嚙みしめるように詠まれた句だろう。一句目上五の「従心」とは、「論語」為政の「七十にして心の欲するところに従えども矩をこえず」から、年齢の七十歳を指す言葉だ。この下五の「蝸牛」との取り合わせや、二句目の「素顔の一歩」「涼新た」の措辞は、力んだような作句技量の痕跡を感じさせない、自然で研ぎ澄まされた「技」と「心」が潜んでいる。
 この二句を心の中で唱えていると、ことばたちが心に溶融してゆき、「一日」と「一歩」の余韻だけが残ることに気が付く。先ほど「しみじみと」ということばを使ったが、その思いの深さは、この語韻に起因するものだということが体感的に伝わってくる。
 この「一日」「一歩」が平穏な日常を育む平和の最重要元素である。平常心であることの「冴え」である。声高に反戦を叫ぶ沸騰型言語と精神はその対極にある。そこでは言葉が表層化し、命と暮らしの実感的実体と遊離して、空疎化するばかりである。平和の真の敵はそんなスローガン言語と精神である。
『飛鳥』に収録された野木桃花俳句は、そんな社会的な流通言語と荒廃した精神とは正反対の、太古より自然物の芯の辺りで育まれてきたような静謐な心的世界に満ちている。

  滝涸るる寡黙の人をまなかひに
  静かな木しづかに暮るる青山河
  定位置に轆轤の古ぶ遅日かな
  沈思黙考水引草の紅と白
  総身に春の鼓動を土踏まず
  囀を浴びてひとりの持ち時間
  火に仕へ水に仕へて昭和の日
  今生の一隅照らす野路の菊

 これらの句を読むとき、読者は心が平らかに鎮まり、穏やかな至福感のようなものに包まれるだろう。こんな心境でいられたら、人と諍いを起こしたいとは思わない筈だ。それが平和というものの基本元素である。
  新涼や素肌になじむ母のもの
  寒禽の疎林五感を呼び覚ます
  木陰なき墓ふり返りふり返る
  大寒や晩節の席譲り合ふ
  磨ぎ汁の濁りをこぼす夕桜
  体内の水がこぽりと木下闇
  傷深き俎板洗ふ薺粥
  加速するわたしの時間桐の花
  児の描く曲線直線海開き
  (俳句・中略)

 心の水面が穏やかに鎮まっていなければ、このような美しい漣の紋を造形することは不可能だ。この句集に満ちているのは、そんな美しい「漣の美学」である。荒れた波は空の青さを映すことはない。
  (中略)
「一日」「一歩」を慈しみ、丁寧に生きる姿勢が、その心に無限に、平らかに広がる美しい水面を生み出す。そこから立ち上がる「漣の美学」によって、本句集の副主題である「平和の書」的主題が、命のかけがえのなさを伴って描き出されるのである。
                              (小熊座俳句会同人)

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