句集 琥 珀

句集 琥珀

四六判・仮フランス装
本文126頁
編集=銀畑二 haiking
デザイン=金田一デザイン
発行日:2017/5/10
定価:1800円+税
ISBN978-4-88032-438-8

渡邉 樹音著

渡邉樹音(わたなべ・じゅおん)プロフィール

1960年 1月24日 東京都に生まれる。「岳」同人、「頂点」同人。俳句同人「夢座」代表。現代俳句協会会員。
2002年、「青春リターン句の会」参加( 2005年終刊)。
2003年、俳誌「祭」参加( 2010年、退会)。
自由句会誌「祭演」参加( 2016年、退会)。
2007年、俳句同人誌「夢座」入会。
2012 年、「金木星の会」参加( 2016年、退会)。
2015年、俳誌「岳」入会。
2016年、第36回「岳」俳句会賞受賞

オビ

俳句という音楽
彼女は耳を澄ます。
水音に、産声に、風音に、銃声に、心音に。
すると、琥珀色の言葉たちがいっせいに詠い出す。
珈琲豆も、少年も、薔薇も、マトリョーシカも、
深海魚も、刺客も、鍵も、縞馬も、
五線譜も、少女も、迷い猫も。
いつまでも無心に、どこまでも虚心に、
渡邉樹音の〈俳句という音楽〉が始まる。
       ――『琥珀 kohaku』に寄せて 松下カロ

(抜粋) 「初心(うぶ)は産声」    大井恒行(「俳句空間 豈」同人)

    五線譜がみずうみになる春の昼
 はじめにぼく自身のことを話しておく。渡邉樹音の句稿を前に置き正直に告白するが、じつは冒頭の句から躓いている。句の読みのキーを何処に求めるべきかを迷っているのだ。すでに古色を深めてしまったぼくの感受では、一世代前の時代の若い感性を十分にとらえ切ることは出来ないのでは、と手探り状態なのである。
「五線譜」「みずうみ」「春の昼」 それぞれの魅力的な言葉をつなぐ関係、それが中七のフレーズ「みずうみになる」である。ぼくには上五・中七「五線譜がみずうみになる」ようには、自然を比喩にして描けない。音楽に疎いぼくがあえて想像すると、五線譜には、さまざまな音楽記号が書かれており、中にはたぶん、波を想像させるような音符や演奏する際に用いられる記号が色々あるにちがいない。それが増幅されると「みずうみ」のように「なる感じ」を、みることができるのだろう。おりしも陽光にかがやく「春の昼」に一句が包まれているのは確かなことなのだ。
 もう一方に、五線譜から、想像される句に、
   触れるものみな音階に銀杏散る
がある。
 この句の「音階」はよくわかる。それは上句の「触れるものみな音階」にと「銀杏散る」さまが、散る葉のかそけき音をともなって、割合に直線的な比喩を思わせるからだ。こうした美しい光景は、美しい記憶となって作者やその読者を幸せな気分にさせる。こうした心情は、ぼくの内心に初心(うぶ)な状態を喚起させる。どうやらそうした初々しさの残る初心な状態は、少年期や少女期における得体の知れない不安と期待に翻弄されていた年頃のことなのかもしれない。それらのことを想像させる句を渡邉樹音は、かなりの頻度で少年と少女として登場させている。
    少年に呼ばれるまではヒヤシンス
    少年の耳柔らかき茨の芽
    触覚の折れて少年陽炎いぬ
    少年の蹠が崩す蟻地獄
    少年を縁どる夕焼草千里
    少年の棘抜けぬまま賢治の忌
    曼珠沙華ゆれて少年擦過傷
    少年の壊れゆく自我冬の蝶
    万緑の少女マーブルチョコレート
    ポップコーン爆ぜて少女の真昼かな
    バーチャルに生きる少女やうさぎ抱く
    回転木馬笑う少女の冬帽子
「ヒヤシンス」の花言葉は「哀しみを超えた愛」。作者の俳号「樹音(じゅおん)」は、元をただすとフランスの作家、ジャン・ジュネ由来で「樹音(じゅね) 」である。であれば、「ヒヤシンス」の名の由来もまたギリシャ神話の美青年・ヒュアキントス、同性愛者であった彼の額をアポロンの投げた円盤が、西風の神・ゼピュロスによって方向を変え直撃し死に至る。そのときに流された血がヒヤシンスを生んだと言われている。あるいはまた、少女を詠んだ句であれば、バーチャル=仮想現実に生きる少女がうさぎを抱くのも、傷つきやすい初心(うぶ)のなせる徴(しるし)であろう。少年や少女に投影されたこれらの傷痕はおそらく作者のものでもある。だがこうした物語はやがて抑制され、「初心(うぶ)」であった言葉もそれがそのまま何ものかを伝える力を産むことはなく、また言葉そのものに力が無いことも、わずかな部分しか伝えられないことも知ることになるだろう。

(抜粋) 「和美から樹音へ」        田付賢一(金木星の会代表)

 私が初めて渡邉和美に出会ったのは、私が国語の教師として勤務していた女子高だ。彼女がまだ十五歳の時、文芸部の部員と顧問として三年間を過ごした。その頃の文芸部には実にユニークなメンバーが集まって詩や短歌を作り合っていた。彼女はそのメンバーの中心となり作品だけではなく「創作劇」などを学園祭で自ら演じることもあった。その頃はまだ俳句はほとんど作っていなかったと思う。
 渡邉和美が最初に「五・七・五」の世界に手を染めるようになった一つのきっかけは私が連載していたある新聞の投句欄だ。それは後に出版した「青春リターン句」のもとになっている。過ぎ去った青春をテーマとした句を作るという欄によく投句してくれるようになった。
    オルゴール哀しみを捲く過去を捲く
    許されぬ切符を手にし君を待つ
 高校を卒業してすでに二十年近くは経っていただろうか。その頃から生来の言葉のセンスがリズムの中に生かされていた。樹音という俳名はその頃から使い始めたと思う。
 「耳をあててごらん。樹液の上がる音が聞こえるから」
 私の問いかけに木に耳をあてて聞いていた日のことを今でも覚えている。
 「樹音」が生まれるひとつの瞬間だと……。
    茶箪笥の赤きびいどろ晶子の忌
    もう空は燃えなくていい敗戦忌
    帰り来ぬ父かと思う秋の星
    珈琲の香りふくらむ寒露かな
    更衣碧いピアスを見つけた日
    母と子に夕陽こぼれる終戦忌
    空の青深く知覧の新茶かな
    戦場の漢は蒼い春の月

あとがき(抜粋)

 句集「琥珀」には、平成十五年から平成二十八年迄の作品の中から二百句を収めました。初学の頃から十数年は同人誌に所属していました。
 縁あって、二年前「岳」に入会をした頃から今までの句を纏めたいと思いながらも躊躇していた私に「岳」宮坂静生主宰から「チャンスは自分のものにしなさい。なんでも挑戦してみなさい」と、励ましのお言葉をいただき決意いたしました。
 物事を前向きに考える楽観的な私ですが、時計が止まったように季節の風も感じられない、言葉も紡げない時期が幾度かありました。でも、俳句から離れようとすると思いがけない出会いがあり、その繰り返しで今の自分がいます。俳縁とは不思議なものだなあと感じます。

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